小田原のどか講演会「つくる、そして考える。」

小田原のどか講演会「つくる、そして考える。」

カテゴリー
講演会
講師
小田原 のどか氏
開催日時
2014年10月13日(月・祝) 20日(月)16:45〜18:15
台風接近に伴い20日に変更となりました。
場所
同志社女子大学 京田辺キャンパス 知徳館 C131
参加対象
在学生および一般 参加無料
主催
同志社女子大学 情報メディア学科
お問い合わせ
情報メディア学科事務室
0774-65-8635

小田原のどか氏 プロフィール

1985年宮城県仙台市生まれ。多摩美術大学彫刻学科を卒業したのち、東京藝術大学大学院先端芸術表現専攻を修了。現在、筑波大学大学院人間総合科学研究科博士後期課程在籍。2003年より「彫刻」について考えを巡らせることを通して作品制作を行う。2008年から下向きの矢印記号を彫刻として提示する『↓』シリーズを継続的に発表する。制作活動と並行し、いくつかのプロジェクトにも携わる。主な展覧会に、「甑島で、つくる。」「トーキョーワンダウォール2008立体部門」「第12回岡本太郎現代芸術賞入選者展」「六甲ミーツ・アート芸術散歩2011」「floating view2」。2013年には、フェスティバル/トーキョー13公募プログラム sons wo:『野良猫の首輪』(劇作・カゲヤマ気象台)に作品を提供。東京、大阪、静岡の3都市公演において会場内で作品展示を行った。第12回岡本太郎現代芸術賞入選、NCC2010受賞。
http://odawaranodoka.com

関連イベント

小田原のどか 作品展《↓》
2014年9月24日(水)ー 11月11日(火)
同志社女子大学 mscギャラリー

REPORT

若手の現代彫刻家としてご活躍の小田原のどか氏をお招きし、講演会を行いました。
2014年9月24日から11月11日までmscギャラリーにて個展を開催された小田原氏。氏の初期作品から今回の展示作品に至るまでの経緯と、彫刻の分野以外にも多岐にわたる活動内容について詳しくお話しいただきました。

小田原氏のご出身は宮城県仙台市。市内で行われていた「彫刻のあるまちづくり」という事業により、身近な場所に彫刻のある環境で青年期までを過ごされました。野外彫刻という静止した造形物を人々の往来や自然の変化と対比的に眺めることで、「永遠に静止している物をその場に置き続けたいという欲望」、「その場にあることをずっと決定づけられている存在」という感覚を受けたといいます。

美術科のある県立高校で彫刻の技法を学んだ氏は、多摩美術大学彫刻学科へと進み、在学中に読んだハーバート・リード著『彫刻とは何かー特質と限界』という書籍の、「なぜ彫刻においては十中八九まで人体像が主題となり、風景が再現されないのか」という一文に、心を揺さぶられます。先史から脈々と続いてきた彫刻の歴史の中で、自分は時代の最先端にいるのだと感じていた氏は、今までなされてこなかったことに挑戦したいと考え、『彫刻による風景の再現』を以降の作品テーマに決めたそうです。
また、大学時代の周囲の作品傾向として「ひたすら繊細な手の運動の集積であること」に価値基準が置かれている点に疑問を持っていた氏は、反対に自分の手で行う作業を極力減らしていく形で制作ができないかということも考えていたそうです。
この2点の集大成として出来上がったのが『山』シリーズです。このシリーズは、壁のようにそびえ立つ発泡スチロール製の山型の頂上から、液体を注いでテクスチャーを作ります。石膏をかけて表面を盛り上げるもの、シンナーをかけて表面を溶解させるものなど、個々に方法は異なりますが、いずれの作品も人の手に100%依拠する制作形態から離れ、重力の力を借りて形作るという手法がとられました。
次に、「馬」と呼ばれる作業台の台座部分の形をモチーフに構成された『馬』シリーズを経て、2008年から『下向き矢印』のシリーズへと移行していきます。普段は記号として二次元に存在する矢印を実態を持った彫刻として作成し、地面に対して垂直に設置するのが特徴です。このシリーズは、小田原氏が筑波大学人間総合科学研究科へ進学され、理化学面でのアシストを得たことで、素材・技術において新たな境地を開きました。ある時は透明なガラス管で形どられ、あえかなる影として。またある時は表面をミラー加工され、周囲の風景に溶け込むと同時に風景を閉じ込める物として。『下向き矢印』への到達は、小田原氏が故郷仙台市の野外彫刻から得た感覚の延長線上にあります。「そこには、場所を指し示すものこそが彫刻であり、同時に人が彫刻に込めた願望である、」という思いが反映されているのです。

2010年、小田原氏はかつて長崎原爆投下位置に矢羽根型の巨大な記念標柱が立てられていたことを知り、興味を惹き付けられます。それは作者不明の標柱で、矢羽根の部分に『原子爆弾中心地』と書かれていました。原爆投下の1年後に立てられ、その2年後には撤去されたそうです。
小田原氏が思う彫刻の原理、「場所を指し示し、風景を固定する」を具現するこの標柱に着想を得て、このモニュメントを新宿のギャラリーに再現します。床から屹立する記念標柱を象った赤いネオン管が、一定時間点滅を繰り返す形態でした。点滅により「ある」と「ない」の境目を行き来するこの作品は、その他数点の氏の作品とともに演劇の舞台美術としても使用されました。
今回のmscギャラリーでの展示においても同様の矢羽根が立てられました。ネオン管でできた矢羽根の赤い光がギャラリーや廊下のガラス面に連なって反射するのを、小田原氏はとても面白いと感じられたそうです。矢羽根を中心に、当時の標柱が掲載された新聞記事の写真が、異なる3種類の方法で加工・展示されました。

ご自身の作品制作だけでなく、美術研究の分野では、画家である中西夏之氏の『絵画画』と呼ばれる作品について研究を続けておられます。一方で2011年から2人の作家と共に出版レーベル『topofil』(トポフィル:『場所への愛』を意味する造語)を起ち上げ、フリーウェブマガジンの配信や、美術作品の写真集、展覧会図録の出版活動をされています。ここで挙げた例は、小田原氏の活動の一端にしか過ぎません。この他にも論文執筆や展覧会企画など、様々な分野で活躍されているのです。

今回のお話を通して、氏の多彩な活動の原動力は、「これは一体なんなのだろう?」という飽くなき探究心であることが分かりました。「自分が興味を持った作家や手法とはとことん関わりたい」とおっしゃる氏。そうして関心を持ったものと向き合った結果、ご自身の制作への新しい視点も得られるといいます。作品を作り、展示をし、展示された作品について再び考え、他の作家の作品に触れて新たな着想を得る。「作って、考えて、作って、考えて…」という循環が、氏の全活動を統べるようです。「作ることを辛く感じるときもあります。でも少し経つと、作品を作らずにはいられないという気持ちになります」という言葉に、小田原氏の作家としての気質と今後のご発展が窺えました。

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